「蓮さん、静佳さん」
アラタはレトロな喫茶店の従業員室から調理室へと顔を出す、彼が声をかけた先にはこの店の従業員であるカップとティーポットの頭を持つ二人が居た。
「アラタくん! 今日は助っ人ありがとうね!」
「いえいえ、病欠なら仕方ないですよ」
カップが大きく手を振り、ティーカップが自身のエプロンのポケットから、茶封筒を取り出す。
「アラタ君、これ今日の給料。オーナーから預かってるわ」
「ありがとうございます! では、お先に失礼しまっす!」
アラタは茶封筒を貰うと、深々と礼をし、店の裏口から出ていく。時刻は既に太陽が落ち、街が暗闇に落ちる時間。裏口から出ると、そこは路地裏なたね、より一層世界が暗く感じられる。
「ふぅ、今日もよく働いたなぁ。これなら、来月の家賃に良い物渡せそう。それで、今度こそ俺が一位に! ……っ」
アラタが貰った給料に喜び飛び跳ねながら歩いていると、自身の目に入るものに驚き、その足を止めた。彼の目の前には、自身と同じ人の姿をした少年が居たのだ。少年の服は所々汚れており、三角座りで地べたに座って顔を腕に埋めていた。
アラタは少年へゆっくりと近づき、同じ目線になるように彼の傍で膝をつく。
「なぁ、どうしたんだ? 家族とはぐれたのか? ここは異形頭の区域だよ。君は……人型のどの種族?」
「いぎょう? どの、しゅぞく? どういう事?」
少年はアラタの言葉に、困惑した声を出しながら顔を上げた。アラタは少年の顔を見てギョッとする。
なぜなら、彼の顔には何もついていないからだ。尖った角が一つも無く、目は普通の黒色で二つだけ、気味の悪い模様も何も無い。この世界で、人ならざる者達のほとんどが自身の姿をさらけ出している。この世界で人の形をしているのは、人間であるアラタだけなのだ。だからこそ、彼は正真正銘の、人間の子供だ。
アラタは一度深呼吸をし、彼に質問をする。
「君、どうやってこの世界に」
少年は震えながら「穴、があったから」とアラタに答える。その答えに、アラタは頭を抱えた。
穴とは、怪異だけの世界と人間だけの世界を塞ぐ壁が、何らかの事態で開いてしまった穴のことだ。その穴を、アラタも潜ったことがある。だからこそ、彼はここに居るのだ。
アラタは自身の被っていた帽子を少年の頭へと、深く顔を隠すように被せ、彼の両手をぎゅっと握る。
「お兄ちゃんが、お家に帰してあげる」
そうして、アラタは少年の手を引っ張り、人ならざる者達で賑わう街中を早足で歩いていく。少年はアラタに強く引っ張られながらも、懸命に足を早く動かして彼に着いていく。彼は怯えながらも顔をキョロキョロと動かしている。
そんな彼に、アラタは「あまり見ない方がいいよ」と話しかける。
「君は、今俺が傍に居るからいいけど、匂いが敏感な奴には人間だってバレるかもしれないからね。目を合わせないように、気をつけて」
アラタの言葉に少年は小さく頷いた。
「もうすぐ駅に着くから、それに乗ったらスグだから。我慢してね」
彼の言う通り、二人の目の前に煙を吐く汽車が走る線路が見え、その向こうに駅が段々と見えてきていた。しかし。
「あいたっ」
「いってぇなぁ。どこ見てんだ!」
少年が何者かとぶつかってしまう。ぶつかってしまったのは電球の頭を持つ者で、頭はピカピカと彼の怒りと共に光り輝いている。
少年はその電球からの暴言に立ちすくんでいると、その目の前へとアラタが立つ。
「あぁ、なんだテメェ!」
「ぶつかってしまったことは謝ります。すみません」
「謝って済むんなら、俺だってここまで怒ってねぇよ! 俺はぁ、今めちゃくちゃイライラしてんだよ!」
アラタが謝ったにも関わらず、電球は一向に怒りの光を抑えようとしない。アラタは唇をギュッと結び、自身の首元にかかっているある物を服の下から取り出す。電球はアラタの取り出したものに顔を近づけながら見ると、一瞬光をバチッと放電させる。
アラタが取り出したものは、小さな首飾りであり、それには椿が掘られた丸い木札がついている。
「オメェ……あの方の仲間か」
と、電球は段々と自身の光を通常の者へと抑えていき、二人からそそくさと去っていった。
アラタは深く安堵のため息を吐き、その首飾りを再び服の下へとしまった。ざわざわと、周囲が騒がしくなる。いつの間にか、彼等の周りに群衆が出来てしまっていたのだ。アラタがチラリと目線をそれらへと向ける。すると、途端にそのざわざわとした声は無くなり、群衆は散りじりに去っていく。
「……お兄さん、一体」
少年が小声でそう問いかけると、アラタは彼を引っ張りながら「ただの、家事妖怪だよ」と、ほんの少しだけ口角をあげる。