三話


「ピヨ」
「親父……!」
 それからは何事も無く汽車に乗った二人が、ようやくおかし荘に着くと、何かを察していたのか既に門の前にはヒヨコが居た。
 ヒヨコはアラタの傍へと近寄り、頭を優しく叩いた。アラタは、それに対して何も言わず、ただ「ごめん」と謝った。
「でも、放っておけなかったんだ」
 と、アラタは自身の後ろに隠れている少年の頭を撫でる。
「なぁ、親父。扉、開けてくれよ」
 アラタの言葉に、ヒヨコは沈黙する。重い空気がアラタを圧迫させていく。ヒヨコは彼等に背を向け、アパートの庭へと歩いていく。そんな彼の行動にアラタは、駄目か、と心の中で諦めかけていた。
 しかし、ヒヨコは突如振り向き「ピヨ! ピピヨピヨ!」と彼に声をかけた。その言葉を聞いたアラタは今まで影を差していた表情を、パァと明るくさせる。ただ一人、少年だけがヒヨコの言葉が分からず「ねぇ、どうしたの?」と聞く。
「あぁ、悪い! あのヒヨコが君のお家に帰る為の扉を開けてくれるんだ。さぁ、行こう」
 アラタが少年を連れてヒヨコの側へと駆け寄ると、既に彼は枝を使って地面に。奇妙な模様と文字を大きな円に沿って書いていた。
 書き終わると同時に、その円陣から淡い光が生み出され、それはゆらゆらと揺れ出している。その光の向こうに、ここの庭ではない無数の建物が姿を現していく。
「さっ、扉が開いたよ。これで君はお家に帰れる」
 少年は奇妙な物に何度も瞬きをし、「ほ、本当に?」と震え声で質問を投げる。それに対し、アラタが彼の肩を優しく叩き、強く頷いた。それを受けた少年も強く頷き、その円陣へと足を進める。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「おう。もう、変な穴の中にはいんじゃねーぞ!」
 アラタの言葉に少年は「うん!」と元気よく返事をし、そのまま淡い光の先にある物の場所へと走っていった。段々と少年の姿は小さく見えなくなり、それと共に、円陣の光も弱まっていった。
 アラタは消えかけていく光を目を離さず、瞬きもせず、ジィーと見ている。そんな彼をヒヨコは眉を下げながら見ていた。それに気付いたアラタは「あぁ、ごめん」と、円陣を足でザッと消した。
「腹、減ったな。今日のご飯なに?」
「ピヨ、ピピ、ピヨピ」
 ヒヨコの言葉に、アラタは目を丸くさせる。彼は口元にふっと笑みをみせ、ヒヨコを強く抱きしめた。
「そんな寂しいこと言うなよ、親父。俺は、あっちには帰らないよ。だって、俺の帰る場所は……ココじゃんか」
 アラタの放った言葉に、ヒヨコは「ピヨ……」となぜか寂しげな声を出し、彼の身体を抱きしめ返すのであった。

***

 人間の世界、陽世の路地裏。
 アラタに助けられた少年は、自身が出てきた光の扉が消えていくのをじっと見つめていた。
「……あの小僧、人間やったな」
 少年は今までの話し方や声音とは打って変わり、子供らしからぬ風格を漂わせた声を出す。少年が顎に手を置き考え事をしていると、彼のポケットから軽快な音楽が流れ出す
 。彼は自身のポケットを探り、スマホを取り出すと、その画面には「芦屋」という名前と電話のマークが光っていた。少年は自身の耳からスマホを離し、応答のボタンを押す。
『若様!』
 スマホから地面が揺れるほどの女性の泣き声が鳴り響いた。
「……雅、そ無いな大声出さんでも、聞こえとるわ! ほんま耳から離しとんのに、潰れるかおもたわ」
『此方は連絡が途絶えて心配してたというのに 何です、その言い方は』
 次に、低く単調な男の声が聞こえる。
『一体全体どこへ行っていたのですか!』
 女性の質問に、少年はフッと不敵な笑みを見せる。
「おもしれぇもん、見つけたんや」